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研究コラム

Column

第1回:日本の研究力低下に思う

記事提供

一般財団法人化学及血清療法研究所

馬場 秀夫
記事提供者の写真

 我が国はバブル崩壊後、「失われた30年」を経験し、長らく経済の低迷に苦しんできた。足元ではようやくデフレを脱却しインフレ時代へと突入、長いトンネルの出口が見えつつある。しかし、この30年間に失った国力と国際的地位の低下は、私たちが想像する以上に深刻である。

 戦後の復興期、我が国は奇跡的な経済の高度成長を成し遂げ、エズラ・ボーゲル著の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と称えられた。1989年当時、世界の時価総額ランキングトップ10に日本企業は7社が名を連ね、1位から5位までを独占していた。しかし現在、トップ50以内に日本企業の姿はほとんどない。今や時価総額トップに君臨する米国エヌビディア(NVIDIA)1社の時価総額が、日本全体のGDPを超えるという厳しい現実に直面している。IMD(国際経営開発研究所)の「世界競争力年鑑2025」における日本の総合順位は、67カ国・地域中35位。かつて総合1位を4年間維持した時代から、まさに坂を転げ落ちるように我が国の世界的地位は低下している。

 元来、日本は資源に乏しく、原油などのエネルギー資源のほとんどを輸入に頼っている。食料自給率も38%と低い。かつては自動車産業をはじめとする世界屈指の製造業の輸出によって貿易黒字を維持してきたが、2011年の東日本大震災以降、エネルギー構造の変化により貿易赤字へと転落した。さらに深刻なのは、私たちの生命・健康に直結する医薬品・医療機器の分野でも輸入依存が進み、年間約5兆円もの巨額の貿易赤字(医療ブラックホール)を計上している点である。加えて、NetflixやGoogleといった外資系巨大テック企業のサービス利用、新NISA開始に伴う海外株式(オルカンやS&P500など)への投資による資金流出も、サービス収支や資本収支の赤字要因となっている。

 この経済低迷の背景には、企業が利益を研究開発や人への投資に回さず、内部留保として積み上げてきた「内向きの姿勢」がある。国もまた、恒常的な歳出超過を赤字国債で補填し続け、国の借金は1300兆円を超えている。少子高齢化に伴い医療・介護・年金といった社会保障関係費が増大する一方で、国を支える基盤であるはずの文教・科学技術振興費は、2002年の約6.7兆円をピークに長年抑制されてきた。

 経済の低迷は、そのまま学術・研究領域における国際競争力の失速に直結している。論文総数、および注目度の高い「Top 10%論文数」「Top 1%論文数」のいずれにおいても、現在は中国が世界トップを走り、米国がそれを追う状況であるのに対し、日本は主要国の中で主要な順位を大きく落としている。

 なぜ、これほどまでに日本の研究力は低下したのか。私なりの分析を、多少の独断と偏見を恐れずに列挙すれば、以下の要因が複雑に絡み合っていると考える。

  1. 大学への運営費交付金など「基盤的経費」の削減による、研究環境の脆弱化
  2. 若手研究者、特に医学界における臨床と研究を両立する「MD・Ph.D」の減少
  3. 内向き志向や経済的要因による、若手研究者の海外留学者の減少
  4. 研究内容の高度化・多様化(マルチオミクス解析やAI導入等)に伴う研究経費の世界的沸騰
  5. 海外との共同研究を進める「国際共著論文数」の低迷
  6. 国の研究資金における「選択と集中」の弊害(多様な基礎研究の芽を摘む結果に)

 かつて日本は、半導体、液晶、家電、造船、太陽光パネルなど多くの先端分野で世界をリードしたが、コスト競争の中でその地位をアジア諸国に譲り渡した。研究面でも同様のことが起きつつある。現在、ノーベル賞受賞者数を見れば、アジアにおいて日本は突出した実績を誇る。しかし、ノーベル賞に繋がる独創的な発見は平均して30代後半(37歳頃)になされた業績であり、受賞までに約30年のタイムラグがある。つまり、現在の受賞ラッシュは過去の「遺産」であり、このまま研究力低下に歯止めがかからなければ、近い将来、中国をはじめとする諸国に追い抜かれることは火を見るより明らかである。

 では、私たちはここからどう歩みを進めるべきか。未来の日本を再び輝かせるための処方箋は、まさに上記の逆、すなわち「人への投資」と「イノベーションを生む環境の再構築」に他ならない。

 第一に、若手研究者が生活や将来への不安なく、長期的な視点で自由で挑戦的な基礎研究に没頭できる環境(経済的支援とポストの確保)を整備することである。第二に、国内に閉じこもるのではなく、グローバルな研究ネットワークに飛び込む若者を増やすための強力な留学支援が必要である。そして第三に、医療分野においては、基礎研究の成果を迅速に臨床(創薬・医療機器開発)へと繋げる、産学官連携の新しいエコシステムを確立せねばならない。

 当財団(化血研)は、日本の公衆衛生や医療の発展に寄与することを使命として歩んできた。国の財政や大学の基盤的経費が逼迫する今こそ、私たちのような財団が果たすべき役割は大きい。未来の医療を担う「若手研究者への支援」や、次世代の科学の芽を育てる「研究助成事業」をこれまで以上に強力に推進し、日本の科学技術・研究力の復権に向けて、一石を投じる覚悟である。

 研究力の低下は、国力の低下そのものである。この危機を直視し、官民が知恵を絞って次世代への投資を決断すること。それこそが、インフレ時代という新たな幕開けを迎えた我が国が、真の「科学技術立国」として再生するための唯一の道であると確信している。